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谷川岳に絵が上がりました

 2005年9月から
谷川岳 肩の小屋に

私の絵が 展示されています

夕焼け雲の 素晴らしい?絵です

今日はこの絵についてお話します。
katanoe


昨年の秋 この小屋の二階からの取材です

オジカを超えては流れ込む雲が

次々赤く染まるんです 絵は赤を強くしましたが

峰を越えて 流れ込む雲に 

雲綾会の 雲綾の名前を感じていたんです

本当は

名前の由来は谷川ではなく 富士山なんです

この会を 創設した吉野幸作さんが

冬の富士山の帰りに

振り返り見た山稜にいつまでも纏い付く雲に

感動しての 山岳会の名前なんです、


この時の富士の姿は吉野さんに取っては

特別に美しく映ったのではと私は想像するのです

この時は私と知り合う何年か前の話ですが

(おこちゃん)と言うかわいい活発な女の子

を連れて行ったんだそうです

私には恋心は話しませんでしたが

かなり何度も話 その時の意気込みが伝わるように話していました、

私は東京に出たばかりで こちらのことは何も知りませんでしたが

昭和25年の春5月に富士へ行ってきたんです

話がそれますが その時は偶然に

今の昭和山岳会の 村山君と一緒に登ったんです

もう一人 武藤君の友人の方も一緒で3人で行ったんです。

そんなことも有ってか、その頃はまだ

雪のある富士はあまり登っていなかった時代でしたので

私に話したのかもしれないのですが。

その時のおこちゃんの 話(っぷり)は うぶな私にも何かを感じていました

私ももう19歳でしたから、

決起盛りの山男が 激しい 冬の富士へ行って

一日半も女の子の盾になっての帰りです

可愛い?女の子をそばにして

今し方 登ってきた山を振り返り 眺めるとき それはいつもより

山が美しく見えなければ 人間で無いでしょう、


その景色がやがて数年後 山岳会を作ることになって

私を誘い 会の名前は 雲綾と聞いたとき 

初恋の?時の風景だな と

そのロマンチックさにマブシサを感じたものです。


なぜかおこちゃんは会には来ませんでしたから

声をかけたか掛けなかったかは 私は知りませんが

会を作るときには 私に一緒にやろうと誘ってくれたんですが

緑山岳会に居た 一月の間には 

私はオコチャンの存在さえ覚えがないんです、

夏でしたのでもう出てきていなかったのでは

もちろん そんな話は 止めてしばらくたってからでしたから、

話を聞きながら 頭の中で思い出したんですが

居たか 居なかったかさえ思い出せませんでした、


今度谷川に飾られている絵は

そんな「雲綾」を連想させる 絵なんです。


数日前新雪の木曽駒ヶ岳から 見た 美しい朝焼けの色も

絵にできない様な濃い赤で 焼けたのは稜線の雲では無かったんですが

谷川の絵より すごい赤でした、

その朝 私は偶然目が覚め すでに何人かが

起きていてまだ暗い小屋の中から、異様に赤黒く焼けた 日の出前

に此を見た人は

初め あれは何だ あの色は何だ ぞっとするような色でした。

その色が見ている内に刻々と変わり 次第に薄れ赤に 

空に広がっていき

切れるような冷えた暗闇のなかから 

白と黒の まだらの山肌を備えた稜線が 

オレンジぞらに浮かんできました。

また一枚描けそうです。

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