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ガマと狸と自己脱出-続き

岩場で苦戦苦闘   山と渓谷社 掲載文ー2

 ハーネスのウエストベルトの位置を

高くすることでどうにかこうにか自己脱出ができるようになった次の年、みんなから「そんな靴じゃ全然登れないよ」と散々言われていたので、それまで履いていた昔の登山靴に見切りをつけて、とうとうフラットソールのクライミングシューズを買うことにした。
 これより以前、OYGの堀江栄次君に誘われて湯河原の幕岩で岩登りをしたときに、彼のクライミングシューズを借りてトップロープで登ったことがあるのだが、そのときは靴のサイズが彼とぴったり同じだったためか、あんがい快適に登ることができた。
 そのサイズを覚えておけばよかったものを、僕の頭では一年はおろか三日だってものごとを覚えていられない。とにもかくにもクライミングシューズを新調して越沢バットレスへと出かけていき、悉知君と河野君の三人パーティで第二スラブに取り付いた。
 
ところが、いざ自分の靴を履いて登り出してみると、一メートルも登らないうちに足が痛くなって、思わず悲鳴を上げてしまった。これなら以前から履いていた登山靴のほうがよっぽどマシである。
 どうにも我慢できないほどの痛みなので、踵を踏みつけ、足先をできるだけ前につめ、脱げないようにマジックテープを力いっぱい締め上げて再度登り出した。それでなんとかワンピッチ、大きな木のあるテラスまで登り終えたとき、ラストで登ってきた河野君がそこから左のほうへ延びているルートを指さして、「こっちは第二スラブより全然ラクだよ。前に来たときにはザイルなしで下りられたくらいだから」と真面目な顔をして言った。
 なにも知らない僕は、靴もちゃんと履けていない状態だったから、「だったら左のルートへ逃げよう」と、トップの悉知君に指示をした。

 最初のうちは快適にロープは延びていた。しかし、出口直下の三メートルがクラックになっていて、かなりわるそう。クラックは体を入れられるほど広くない。クラックの左外側にしっかりしたピンが打たれているが、その上に立ったあとがわるいらしい。それでも会で一、ニを競うほどの実力の持ち主である悉知君は、なんとかそこを抜けていった。
 次は僕の番である。クラックのところまでは難なく登れたが、やはりそこから上がかなりわるい。四苦八苦してピンの上に立つことができたものの、その先にはホールドもスタンスも見当たらない。だまされたとわかったがあとの祭り。こんなところをロープなしで下りられるワケがない。上から悉知君が「南さん、そこはわるいよ」と声をかけてくるが、今さら言われてもどうしようもない。
 距離にして二メートルほど。あと一ヵ所、ハーケンかホールドがあればなんとかなりそうなのだが・・・。がんばればがんばるほど腕が疲れるだけ。上からは見かねた悉知君が「足を使って登れ、足を!」と怒鳴ってくる。こっちは半分泣きが入っていて、「足がひっかからねえんだよ」と怒鳴り返す。
「じゃあ手を使え。手だ!」
 それは岩登りの基礎だから、言われなくてもわかっている。僕も無我夢中だったのでなにを言い返したかよく覚えていないが、そうとう騒がしかったようだ。 
あとで悉知君は、取付にいた仲間に「いくらなんでも南さんに対して『足を使って登れ』はないでしょ」とツッコまれていた。
 メインロープを手繰って登ろうともしてみたが、もうすでに腕に力が入らず、体は浮きもしない。こうなってはもうお手上げである。最後の手段は自己脱出。前年、日和田で会得した方法を試みて、どうにかこうにか脱出することができた。覚えたてのテクニックではあったが、やっておいてよかった。
 すっかり疲れきって上に抜けた僕を、先ほどまで怒鳴り通していた悉知君は「よかったねえ、昨年やっておいて」と笑顔で迎えた。思わず僕は悪態をついた。
「OBを殺すなよなー」

ガマの〝狸〟で赤っ恥
この山行から一年後の二〇〇四年十月二十三、二十四日の二日間の日程で、僕たちは紅葉の美しい小川山で岩登りの合宿を行なった。ちょうど新潟中越地震が起きたときである。
このとき僕は、新たに買い求めたひとまわりサイズの大きなフラットソールを持っていった。二十三日の午前中はガマスラブで練習をし、いったん荷物をかたづけてから午後にガマルートを登ることになった。小川山ではいちばん簡単なルートと聞かされていたが、むしろ「五十メートルの懸垂があるぜ!」という言葉のほうに魅かれ、それほどわるいところはないだろうとタカをくくったのが誤りだった。

最後のピッチをリードの悉知君が登り終え、僕がフォローで続いたときに、最後の十五メートルほどのところで急にわるくなってきたのだ。左手でヌンチャクを握ったまではよかったが、その先がなにもない。リードでどうやって登ったのか、よく見ておくんだったと悔やんでみてもあとの祭り。ヌンチャクは頭よりかなり高いところにあり、いっぱいに手を伸ばしてつかまっていると疲れるので、長めのシュリンゲを掛けたが、それには足が掛からない。
私が行き詰っていることがザイルの延びでわかるらしく、悉知君は上からときどき顔をのぞかせながら「ここが狸だ、ガマの狸!がんばれ、がんばれ」と檄を飛ばしてくる。どうやらこの核心部は〝狸〟と呼ばれているらしい。

悉知君は僕の技術の程度を知っているはずだから、こっちが苦しんでいるのを、あんがい楽しんでいるのかもしれなかった。小川山ではいちばんやさしいルートだと言ったのはどこのだれだ。そもそもお腹がタヌキの僕では(ウエスト九六㌢)、岩の狸 を相手にしてはどうあがいても勝てっこない。
最近はこんななにもないところを登るようになったのかなあ、などと感心している場合ではなかった。なんとかしなければと、いちばん長いシュリンゲを外そうとしたときに「アレッ?」と思った。三本の長いシュリンゲは肩からたすき掛けにしていたのだが、その上からジャンパーを羽織ってしまっているのだ。下で待っているときに着込んだものを、ザックにしまうのがつい面倒になって、そのまま登り出してしまったのである。
おまけにさらにその上からザックを担いでいる。足先はあやしいスタンスの上、しかも左手はヌンチャクから離せない。もちろんロープにぶら下がってしまえば手は離せるが、プライドがそれを許さない。体は完全にヌンチャクに頼ってはいるが、僕はまだ落ちてはいないのだ。

話はまた脱線するが、なにしろ僕たちがやってきた岩登りは、落ちずに登ることが最重要課題だった。落ちたらなかなか上がってこれず、泣く泣くザイルを切断したという例も後を絶たなかった。今のフリークライミングのように落ちてぶら下がることなどあってはならないこと、万が一落ちて命があれば儲けものだと疑いなく思い込んでいた。いや、今でもそう思っている。これはあながち間違いではあるまい。岩登りというのは、やたらに落ちるものではない。
今のフリークライミングは、僕たちがやってきた岩登りとはまるで別世界である。私がやっていることは、オーソドックスな岩登りの考え方が基礎にあり、そのうえでフリーの真似事をしているようなものなのだろう。

話を小川山の〝狸〟にもどそう。核心部で行き詰って進退窮まった僕。落ちてなるものかとがんばってはいるものの、左の腕はだんだん疲れてくる。何度か右腕と交代してみるが、どうにもならない。まごまごしているとまた「足で登れ!」と言われそうだ。
腰には短いシュリンゲと何本かのヌンチャクがあった。しかし、僕がほしかったのは、たすき掛けにしている長いシュリンゲだった。これをヌンチャクに掛けてスタンス代わりにできればと思ったのだ。
意を決し、まずザックの右側のショルダーベルトをなんとか外した。ザックはそれほど重いものではなかったが、左肩にだけにずっしりと荷重がかかってジャンパーを引っ張るので、右腕をジャンパーの袖から抜くことがなかなかできない。
何度も抜こうと試みるが、時間は刻々と過ぎ、体力と腕力は消耗するばかり。ビレイヤーの悉知君は僕が苦闘していることを承知しているはずなのに、ロープのテンションがゆるむように感じられ、「なんでこんなときにゆるめるんだ」となおさら頭にくる。

そうしているうちに、ようやくのことで右手が抜けた。しかし、その時点でもうすっかり疲れきってしまった僕は、ヌンチャクに長いシュリンゲを掛けるのをあきらめて、二本の短いシュリンゲをブルージックでメインロープに結び、外した二本の長いシュリンゲをそれぞれのカラビナで繋いでアブミのようにして、どうにか自己脱出で切り抜けた。このときもまた、思い出していたのは吉尾君のことだった。彼もどうにかして脱出しようと、がんばっただろうに。
翌二十四日は、おむすび岩へ向かった。取り付きには偶然にも衝立岩のバートナー、藤君がいて、「衝立コンビの復活だ!」と冷やかされた。僕はもうセミリタイア状態だったが、彼はまだ衰えていない。

小川山での合宿の数ヵ月後、龍鳳登高会の創立四十周年記念パーティで僕が乾杯の音頭をとることになった。そのときの前口上で、「七十歳以上の方で、もし〝ガマの狸〟を登った方がこの中にいらっしゃったら、その方に乾杯の音頭をお譲りしたいと思います」と述べた。が、手を挙げる者がだれもいなかったので、大見得を切って「では、山ヤとしては私のほうが皆様よりも多少偉いようなので、音頭を取らさせていただきます」と言って、これまでに出したことのないような大声で「乾杯!」と叫んだ。
その後の宴席で、「さっき、〝ガマの狸〟って言ったけど、いったいどこを登ったんだ」という話になり、僕は得意気にその場所を説明した。しかし、そこを知っているものはだれひとりとしていなかった。
このことを不思議に思い、翌週の集会で悉知君に、「ところでガマルートの〝狸〟ってなにかに書いてあるの?」と聞いてみた。僕が大勢の前でそんなあいさつをしたことを知らない彼は、けろりとした顔でこう言った。
「イヤ、オレがつけたのさ」
これには僕も開いた口が塞がらなかった。
「だってあそこはどう見たって狸だろう。耳もあるし」
 いわれてみれば、たしかに狸の腹のような形状をした岩だったし、上のほうに出っ張った岩が狸の耳に見えないこともなかった。
 悉知君にはみごとに一本とられたが、今になるとまた〝狸〟とやらをやってみたくなってきた。
 自分ではもうすっかり登れなくなっていることは自覚しているが、小川山でガマルートを登ったときのように〝狸〟に化かされたりするようなことがあると、
「くそー」と言う気持ちになってくる。これは死ぬまで治らない病気だろうか。

【編集部注】本稿は、「山と渓谷」二〇〇五年七月号に掲載されたものです。南博人さんのご了解とご好意により、本誌に再掲させて頂きました。なお「山と渓谷」では写真なども挿入されておりますので、是非ご一読をお薦めします。

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