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新雪の木曽駒ヶ岳

此処はコメント用に開けておきますので 何か一言 ニックネームで結構です。

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朝は冷たく赤い
ときめく10分でしたね、
横着をして二階の窓からでした 如何ですか?太陽の右に 富士山が見えました。

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コメント

sakuma様コメント有難う御座いました 4班以外の方は 神々の岩壁は読んでいないと思います プロフイールを開いた方は 分かると思いますが、夜の話しの時に皆さんに話そうと思って いたのですが 忘れました 、
あれは小説ですが、 新田さんはあながち間違った創作では無かった様です あの中に「もしかすると何百年に一人出るか出ないかの天才クライマーかも知れない」と想像していますが 所がつい先年 二〇〇一年一月号の 岳人に 20セーキ
の 「岩壁登攀で」 岳界に影響を与えた人に私が選ばれましたので 岳人の編集長が選んだのですから 私にしてみれば 大変な勲章でした、何十年も前に新田次郎さんが言い当てていた事に
成りますので 可成りの創作は有りますが 大した物です、叉

「小説で本名で出てくる小説は世界に例が無いので きっと後で此の小説は話題になります、実名を承諾してくれた南さんの度胸に感服します、たぶん世界に彼方只一人でしょう」とも言われていましたので、付け加えておきます。

投稿: | 2007/11/09 23:05

南先生、4班で大変お世話になりました。山行中も山小屋でも楽しいお話をたくさん聞かせていただきありがとうございました。写真すばらしいですね。私も同じ景色を見ていたはずなのに、と驚きました。
「神々の岩壁」さっそく図書館で探して読みました。登攀の話はもちろん、奥様との大恋愛のエピソードも素敵ですね。当時の先生を想像しながら楽しく読みました。

投稿: sakuma | 2007/11/09 22:06

早速のコメント 有難う 木こりの先祖は私だけではなく 内の会には私の他2たりいましたよ 余り自慢が出来ない 職業なのでもしそうだとしても、人には言わない物です。

本当は 私のいる山岳会 東京雲綾会の創設者
の吉野幸作さんも 母親が 300年も林業で
今でも母方の実家は 製材関係の家で私は其の

家をスケッチしに行ってきました雲綾記念号に出ています、そのせいか 吉野さんとは大変良いコンビでした 叉吉野さんも山が大好きでし

たから 遺伝子の似たものが有ったのでは向こうは父方の遺伝子が 私とは違う 豪商の種でしたが、 面白い物です ですから血筋は争えない と言いますよね、突然変異も有りますがね。hiro.
 

投稿: | 2007/11/05 23:56

南先生

トレッキングスクールではお世話になりました。先生のお話しとってもおもしろくて笑ってしまいました。先生の先祖は「きこり」だったとか。おいらの先祖は何をしていたかわかりませんが、気になってきました。今の自分から見ると、たいした先祖ではなかったのかなあ。
またいろいろ教えてください。

投稿: モスキート | 2007/11/05 20:47

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