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北さんから来た衝立の話し

北さんからメールが来ましたその返事ですが、おもしろいので返事ではなく、記事にさせて頂きました、何か勘違いか
思い違いが有るようです。

>で、僕の正面に凹状の所があり、
>今では、皆、此処を登る様で、僕は、このルート(1P)の初トレース者・・だと自惚れています。

所が残忍でした?、(笑) 其処を登ったのは、多分、私ですよ、此処にはハーケン5~6枚打って登ったんですが、ハーケンが足りなくなってラストが 回収したんです、所がそれと知らず 第二登の 松本さんがノーハーケンで突破して
三日月ハング下のテラスに出たんです、其処から初登は、三日月ハング沿いに斜め 左斜上しながら

第三ハング下テラスに出たんですが、此処でハーケンが抜けて 真下に落ちてザイルがゆるんでいたのと伸びで
三日月ハングの左横やや上まで落ちたんです
そうして其処を登り返したんですから、其処もトップザイルですが私が登ったことに成ります、
その後11月に再び登ったんですが、 その時は (第2ハング上のボルト2本連打)から 直上するルートが

出来て途中ハーケンの他にリングボルトが2本連打たれて、三日月ハングに出ていました、従って第2ハング上は
2本連打のボルトが2ヶ所になって三日月ハングに出ています。
初登攀は直上ではなく
第2ハング上のボルト2本連打から、左トラバース気味に「 凹状」を登って、三日月ハング下のテラスに
右寄りに戻してバンドに出たんです、此処のテラスにはボルトを2本打ちました、ハンモック用と、ビレイ用です。
ですから 11月の時三日月ハング下の直上は、てっきり雲表の松本君が登ったのだと思いこんでいたんですが

第3登が緑であるならば、其の直登が第3登の人ではないか、緑ではないか?、後で松本君が「俺はハーケンは1本も打っていないよ凹状を登った、 
と言っていたので、彼は私達がハーケンを回収したあたりを登ったと思います、恐るべき力です、私より1枚上です。と言うより、私達初登は危険な冒険?はしません、満が1でもあそこで落ちたら第2ハングにそれこそ「コウモリ」に成りますから。
ですから、2ヶ月後厳冬期初冬は第5登と信じています、第4登?の11月の時は洞穴に荷揚げしたんです、ガソリン1リッターアルハー米海苔缶に1杯、アイスハーケン6枚「これが重かった、」 これは厳冬のコップ連続登攀用でしたが、その為の無雪期トレーステストが目的でした、結果は悪天候の為本番は 衝立だけでした。
ですから、衝立岩は文句なしの「完璧な」初登攀です。

荷物は11月のほうが 厳冬期用の重装備にピッケルアイゼン水は元より 荷揚げでしたから。
 もしあの厳冬期時に11月のようにコップに下りていたら、悪天候の為鉄人と言われた私でも、死んでいたと思いますよ。
コップの上から落ちるものすごい雪崩で飛ばされていたと思います、猛吹雪でしたから。
尚第3ハングの(のっこし)から上はハーケン連打ですから、ルートは1本です。

さて北さんは何処を登ったんでしょう?緑の3登は1度は失敗ボルト2本連打からは
2パーテイ登ったのにハーケンが無かったはずですし雨が降り出した様ですから。

第2ハングから引き返して、再度別な日に出直して登ったように聞きました。
そうなると私は既に初登を入れて半年足らずで3度登っていたんです、2度目は、連続の初登攀に成ります。
4峰のダイレクトもそうですが初登攀の2本連続です、1本だけのやっとこさ初登攀とは 余裕が違います、

この時は、へ野字のハングに 手製のアルミ ミニチア30センチ3段アブミに、南部フーリンを付けて、出口に登攀とは別にわざわざ、その為にワキにわざわざ ボルトを1本打って、ぶら下げたんですが、残念なことに 「第2登のかたが」記念に
持ち去ったのでした、あれは、私の余裕の心ですから彼方だけで楽しまず、是非「大町の山岳博物館に」お戻し願いたい物です、

ルンゼ状第2登の方又はご存じの方説得の協力 おねがいします。

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コメント

了解です、返事は記事にしました。

投稿: hiro。 | 2008/09/04 21:41

了解です。
返事は記事にします。
多分カタツムリはあそこで落ちたのでは?
直登ルートですかね。

投稿: hiro。 | 2008/09/04 21:37

*僕が登ったのは、南さんの文面から想像しますに、その文にあります凹状に間違い無いと思います。
ボルトはおろか、ハーケンさえ、1本もありませんでした。ですから、この凹状の初トレース者との思い込みはありました。当時僕は
こともあろうか「ゲオルクウインクラー」より岩登りは上手い、・・と自惚れていたから
登れたと思います。

もう少し正確に・・でありましたら、ザイルを組んで、ラストを登っていた後輩に聞けば
もう少しは判るかとも思いますが、でも安川茂雄氏の
「地図のない山」の如く、登ってもいないのに登った等と述べている訳でもありませんが、
頭が、少々壊れている事も事実ですので、
これ以上は、控えさせていただきます。
尚、南さんや、代表の滝本さんにリハビリまがいのメールでの応援を頂まして、大分良くなりました事は、ご報告させて頂きます。

投稿: 北澤徹。 | 2008/09/04 15:30

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