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シズル感

読売の夕刊でした

ご覧になられた方も居るかも?

この見出しで2段抜き

なぜ目に付いたか、此れに寄ると 「広告業界から生まれた

言葉らしい」。

と有りました さて、
Img_1989

東京雲稜会に 岡本轍 と言う人がいたんです、今は居ないんですが

今は会友ですね、会の女の子と仲良くなって、結婚して会をやめたんです。

所が 彼が会に居た頃6年程も前でしたか、三つ峠と言う岩登りのできる

山が有るんです、此処に一緒に行った事が有るんですが、

彼は中々の使い手なんですね、何が使い手かですか、

山は勿論、社会的にも 切れ者と

言ってよいのでは?今は会社の専務?何の会社か それで 切れ方が

お分かりだろう、仕事は テレビのフリーデレクターです、特にNHKが

強いですね、勿論朝日などの1年掛かりの仕事もしています。

この人はプロ中のプロ、良く山の帰りなど私の車を運転しましたが

車の運転もプロ並、本の編集も やってのけます、会の会報が

何十年も出ていなかったものが 彼が入会して 編集委員 になって 

なんと1年で厚いやつを出してしまいました

この実行力と腕には 脱帽です、そのくらいにして、何処でシズル感に

繋がるかというと。

其の三ツ峠での事、私が カメラを持っていたわけ、今までどうりに

写していたんですが、彼に聞けば 映像はプロですから写真も

明るいのでは このチャンスを見逃す手は無いと、いつも登山中いろいろ

カメラアングルや ねらい目 などを聞いたわけ。

勿論他のプロと行っても 「何々写真教室」など勝手に

名前をつけては今までも いろいろ聞くんです。

でも中々旨くは行かない、プロが写真に掛ける時間が桁外れに多い

事も有りますが。

岩場に到達した時にも聞いた訳、蜘蛛の巣があって、雨しずく

が掛かっていたわけ、「此れは写真にならない」「蜘蛛が

居るだけなら写真にはならないよ 目を引く何かが無いとな、

デモね」といいながら、

私のカメラを手に、しばらく蜘蛛の巣を見ていたんですが

壁と蜘蛛の巣の間が 50センチほど空いていたんです

其処へ 彼が 入り込んで、逆に裏から 蜘蛛の巣を写したんです

勿論接写でね、大きな蜘蛛の巣に 綺麗に水滴が付いていたの、

写しながら彼が言ったのが  「シズル感ね」 と一言。

出てきてヒョイと私にカメラを戻しました 「駄目かな?」

このとき私は始めて シズル感という言葉を聴きました

私は70過ぎていましたよ。

さすがは学があるな。

所が其の春の5月に 春合宿に行ったんです、横尾で二日解いて

上高地に本隊から分かれて 

私一人で4日程 明神などに足を伸ばしておもに上高地で

写真を撮っていた訳、そんなある朝

山研の小屋を出て明るくなるのを

待っていた訳、霧の夜が空けだすと、一面葉の無い各枝に

水滴が 無数についていた訳 次第に明るくなると

きらきら輝き出し 梓川の向こうの 霞沢岳が見え出したんです、

所が其の内に 徳ごう寄りから、斜め左前から、朝日が顔を出したんです 

やや逆光、

黒い山肌には まだらに雪が残り寒気がするような景色 おまけに

中腹にガスが帯の様にかかりだしたんです、

目の前にある潅木に付いた 無数の水滴、其のバックが

思っても見ない墨絵、と左斜め前からの朝日。

私は3脚を何度か動かして フイルムを取り替えては中盤カメラで

 シャッターを切りまくりました

そうして 覚え立ての  「シズル感 シズル感 シズル感と念仏のように

唱え続けました。

と言う お話でした(笑)

所が思ったほどの写真は撮れませんでしたが昨年

山岳写真家の橋本君の写真展を見たとき、まさしく

磨いたダイヤモンドを散らしたように光る小さな潅木の氷粒?

雪の風景を見たんです 沢山ある大きな写真の中でこの

小作品が一番 印象に残りました、

あの時彼なら

どんな素晴らしい 写真に作品に仕上げたろう、しばらく彼の

其の写真の前で 呆然と と言うより、あの時の上高地の

朝を思い出していました。

其の後この話を岡本君に話すと「うーん難しいかもよ」だって。

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