« 南 博人  様 | トップページ | 601回目の記事は今夜の 夕食です »

この1件で600件の記事、今回の山で嬉しかった事

 
今回 私のもち版以外で スクールに役に立ったことがあります、

此れは 本来なら 私の仕事ではないんですが、私の思いつき

で 良かったな?と感じた ことでした したがって 上から言われた

事ではないんです。

一つは 帰りの急斜面を下りる練習に下り方をやったのですが、


上からは主任からは 下に何人かいてください、とは言われたんです、


私も下に下りてみたんですが、雪渓の最後が 雪ノ下が

硬い氷になっていたんです、勿論 ぎりぎりではなく

3メートルほど 上でしたが、若し上からスリップしてきたら

立っている我々だけでは 止められないのでは、と思ったんです

此れはかなり前50年ほども前に やったことが有って、滑落してきた人間は

素手では止まらない事があったのです、

其処でだれに言はれた訳でもなく、我々の立っているラインに7メートル程

ピッケルで

溝を掘ったのです、ドシンと尻がはまらないと 止まらないんです、

その場を見た私が 此れでは危険だと思ったので、

それなりの溝を掘ったのです、案の定、大半の人、10人以上

の人が、この溝のお世話になったのです、この溝に落ちた所を

つかまえるんです。

あー、溝を掘って良かったな、一人4回はやりましたから

160回やるわけですから、30人は溝の世話になったことに

成ります。

もう一つ、此れは 私は 特に班は持たされていなかったのですが、

帰りの大雪渓の始まりで、私は適当に間に挟まって下っていたんですが

雪渓の入り口辺りは見ていたんですが、

偶然私の5-6人前の方が 始めてらしい 膝つきで(腰付き)で下りだしたんです、

いかにも恐そう 、見ている方も恐そう、思わず私のピッケルを人手

伝いに渡したんです、ピッケルが其処に届くと「一寸待って」本来なら 

80の爺 手伝ってもらいたい

所でしたが 私はあの腰付きよりは 何とかなるだろう、当然ですがね

そう直感で渡したんです

其処まで行って見ると思ったより恐いんです、

此れは参ったな偉そうに ピッケルを渡して、

此処で杖が無くて スリップしたのでは

元有名登山家?何と言われるか分らないし、

転び様によっては怪我をします。

このピッケルを貸した方から 嬉しかったと見え、真っ先に此処に

コメントを戴いた事です、

黙って見ていれば 其れはそれで済んだ事ですが

貸してあげてよかったな、今に成って事故にならなくて良かったな、

これらが今に成って 大変 嬉しく思えるのです。

俺でも 役に立てる。

更にかなりの方からコメントいただき 此れも嬉しく思います。

此れらが記事600回目の 目出度い記事に成りました。

|

« 南 博人  様 | トップページ | 601回目の記事は今夜の 夕食です »

登山 旅行 喰」カテゴリの記事

コメント

熊さんこんにちは、

組むにはそれなりの 心がけが執拗ですよ、

気の合う相手ですが 自分と正反対の性質、

野蛮人と文化人、気長と短気、

休みが同じ感じで取りやすい、

その人の為又は 誘いには自分の

時間を裂くことが出来る、誘いは

断らない、結果は 他から見ると

何時もいっしょ、

絶対の信頼関係に持っていく。

その人の上に出ようとしない、

自分が泥を被る、常に「どうする」

と電話を入れて、彼の行動に
そう、

これらが信頼関係を深くしていくと思うんです。

此れが3人寄ったら恐いものなし

ですね。
したがって意見の衝突はありえま

せん、これらが生活を離れた付き

合いであれば、なお良いですね。

したがって 上から下と付き合う

よりは、自分が下で上と付き合う

ほうがやりやすいです、自分を

折る事が出来ますから。

特に人前では なんとなく盾にな

る、此処ですね、なんとなくが 大事です、柔らかく盾になるんです

これらが 吉野さんと私の付き合

いの、原点ですね、

今で言えば 穂刈君や武藤君 かな、石橋君も居ますね。

彼のやっていることには 協力し

ます

自分の時間を掛けてあげます。

年賀なども欠かしません。

投稿: HIRO。 | 2011/06/23 13:04

南先生から頂くお言葉が私の頭の中にスーと入って心に留まります。人は1人では出来ないことも、誰かと組むことで乗越えられる、成し遂げられる。私はそのことを上手く活用していかなければならいんだ、と身に沁みて感じました。ありがとうございます。葛飾のクマより

投稿: クマ | 2011/06/22 23:51

葛飾の朱根さんですね、顔は残念

ながら思い出せませんが、

貴方の祖先も木こりさんかな。

私の先輩の 吉野幸作さんも何百

年も日光の 足尾の下で 木材業

?をやっていた方の子孫です、

1度実家に行ってきました、吉野

さんの遺稿集に其の時に描いた

現在の彼の家の絵が載っていま、

す。とても中が良い友人でした

なのに彼の父親は 日光今一の

豪商の息子です、

ですから私よりは当然 頭がいい

です、当時の芝工専を出ています、今の芝工大

私は中学出ですが、何時も助けら

れましたが、私は私で彼に無い強

い所を持っていて、二人合わせる

と、面白いような 偉大な力を発

揮できたのです、

ですから今では押しも押されもし

ない、東京雲稜会が出来たんで

す。
ですから 欠点は棚上げにして、

互いに 長所を合わせられれば

組めば 物凄い力になるんです。

あくまでも、私は兵隊、喜びは

二人で、顔だけで笑う。

人生一人ではなく 2人で組むん

ですね、

スキーの方も、何人かの指導員と

組もうと思っています。

投稿: HIRO。 | 2011/06/22 00:20

南先生
都岳連の木曽駒ケ岳トレッキングスクールに参加しました、6班の熊崎と申します。
今回、南先生が特別講師として来てくださり、年齢を感じさせないそのお姿と力強い生き様をお話してくださり、大変感動と刺激を受けました。心より感謝を申し上げます。先生の数々の岩初登攀功績と、今もなおスキーのテクニカルを目指していらっしゃるそのスピリットとフィジカルの強靭さはどうやって生まれてくるのだろうと想像と超えてしまいます。でも先生のことを同じ人間なんだと感じられる言葉も頂きました。それは先生は、「自然林の中にいると指先からエネルギーが沸いてくるのを感じる。遥か祖先は木こりだったからだろう。自分が何をしたら迷ったらルーツを調べてそれに沿えば上手くいく」と。私も木々の中を歩くとエネルギーを沸くのを感じている!
先生にお会いできたこと、心からありがたく感じております。先生の絵画やこのブログも拝見させて頂きたいと思っております。いつも全力投球!ですね。ありがとうございました。

投稿: クマ | 2011/06/21 22:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: この1件で600件の記事、今回の山で嬉しかった事:

« 南 博人  様 | トップページ | 601回目の記事は今夜の 夕食です »