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3月の一ノ瀬から戻ってーC

一の瀬3日目、昼過ぎ2時頃 家内が上がると言うのでホテル近くまで送り、ここからならホテルが分かるだろう。

皆と別れる前に、「私たちはダイアモンドに行きます」と言う3人と別れたんですが其の時は、私は一の瀬で滑ると言っていたのです。ところが家内がホテルに戻って考えてみると、どうせ滑るなら、3人と一緒の方が良いかな。
と思い直し、ダイアモンドに行ったのです、ここは、バーンが3個に分かれていて、上から見て、一番右が急斜面次第に左がゆるくなっているんです、ゆるい方にリフトがありますが、左斜面と中斜面の真ん中にもリフトが有るのです、上から見て一番左のゆるい斜面を3人が滑っていて、上に出たときに遅れて彼らに追いついたのです。

上でこっちにきたよ、(ダイヤモンドに)と言って「右側で滑ろう」と言うと、「解散したのだから自由に滑ろう」と言うのです、あれせっかくこちらに来たのに変だな、仲間ではないのかな?と仲間はずれに成ったように思ったのです。「まーいっか」、一番右のバーンは下の緩斜面が長く私はいやだったのです、だから「右で滑ろうよ」と提案

したんです、でもそう言われてみると、後から3人に入った私が滑る場所の提案はおこがましいかも、と思い直し
勝手に滑れば良い、と思ってわたしだけが、右のバーンで滑っていたのです。

ところが、4本程も一人で滑ったろうか、Cさん達もこちらに来たんです、やっぱり来たなと思い「首輪離されたな」
等の冗談で始まった会話だがCさん「私と競争しよう」「あー良いよ」私は自信が有ったので、直ぐに承諾したんです、Cさんが、先に飛び出す、私が後を追う、ところが早いと思った私のすべりでは中々追いつかない同じスピードだ、抜けないのである、「此れは速いな抜けないな」と成った、此れでは私のカービングまがいのすべりは早くないのでは、Cさんのすべりはまったくカービングではない、それでも私はCさんを抜けない。
頭にきた私は「今度は私が先に出る、「出だしにこいで見る」
良かろうとなって彼が後から、私は思い切ってこいで出たのです、さすがに私を越す事は出来ませんでしたが
Cさん曰く だんだん詰めた大きくターンをしたやはり自分が早い」と言うのである。話を曲げないで聞けば私の負けと言う事になる。年も若いが、こちらは全日本5位、「それほど早いならマスターズに出たら 良いところに行くのでは」と進めた「いや出ない」と言うのだ、これ以上進めても、出ないだろう、でも私には大きな刺激になった。

現在の私のカービングターンでは Cさんには勝てない。カービングもどきでは駄目なのだ。しかし此れが現実だ
ポールを60日滑っても、私と同じ1級を目指すCさんに勝てない、このままの練習で良いのだろうか、考えさせられた、2本のすべりでした、良いお灸になりました。
カービングターンは未完成では、一般の滑りには勝てない早い人も居るのだ。此れが今回の彼の「解散したんだから勝手に滑ったら」の自信が言わせた言葉だったのか?と競争が終わってから感じたのだ、私が全日本マスターズ5位、これが 面白くなかったのでは?と思うんだが。
私には良い刺激になりました、ポールをやったことの無い人と 競争するには文句なしの勝たなければ。
成らないような気がして。
次の日の別れの帰り際「来年は修行をしなおしてきますよ今年はやられたから」というとCさん曰く「敵に塩を送る様だが、足の小指を持ち上げると早いよ、」と言うのだ」「其の分前傾が強くなるから}「違うね、小指を持ち上げるとスキーがフラットから 内エッジが立つの、フラットより内エッジが立つと、直滑降でも早いの。」あはははー勝者の笑い。

「塩を送るね」なんだか聞いたことがある、彼Cさんブログ読んでいるな。
此れは使えるのでは、後今月は10日程滑るので、試してみよう。カービングが完成すれば内エッジは更に強く
成るはずだから。小指だけで早いならもらった塩だが生かそう。
塩をもらった私でしたもらった塩だが塩をなめよう。

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