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脳梗塞に掛かり12月7日入院

11月30日夜、今年3度目のカルスキーに出かけました。

12月5日水曜日が絵画教室の今年度食事会と言うので、4日お昼まで滑って帰る事に。

4-5日お風呂に入っていないので、帰りに温泉に浸かって帰りました。

お昼を抜いたので、上里パーキングで食べた天丼がやけに美味しく感じました。

この日は暗くなってから家に着きました。

遅い昼食だったので、この日の夕食は抜いて寝ました。


5日は絵の日でしたが、疲れていたので、わざと寝坊して、11時頃絵の道具を持たずに、体だけで教室に出たんです。

皆さん大喜び。

軽井沢から戻った甲斐がありました。

男は私1人ですから、休むと寂しがります。

20年も習っていると、絵はほど程で良いのです(笑)

食事会ですから普段よりは美味しい物を食べたんです。


この日の夕食は、例の新宿京王で、何時もの光悦(京料理)でやはり美味しい物を食べました。

「今日は、2食続けて美味しいものにありついたな。」と家内に話していました。

この日、前に書いた、洋ナシを買って帰ったわけです。

Img_6193


暗くなって8時頃、何かカメラが欲しくなり、「車だな」と思い玄関口の柱に備え付けの『懐中電灯』を手に、車に探しに行ったのです。

Img_6213 写真の本は退院の時に買ってきました、テレビのプリペードカードの残金を返してもらった返金マネーです。

写真の電灯が手を一杯伸ばした高さから、夜硬いコンクリに落ちると物凄い音がします。



続くカメラ探し

多分入っているだろうウエッストバックと、カメラ用の小型ポーチをぶら下げて、部屋まで戻ったわけ。

ところが二つとも入っていないのです。

「あれれ入っていないな」と思い、再び例の懐中電灯を片手に車に探しに行ったんですが、幾ら探してもカメラが無く、約30分も探すと見つかったのです。

とんでもない運転席のタバコ灰皿に有りました。

それをそのままにして、先ずは後ろのハッチを閉めようとしました。

車の後部に廻り、何時もなら、片手に懐中電灯を持っていても指先で引っ掛けて下ろせますので、電灯を握ったまま手を上げました。

不意打ちに、手の平には何の抵抗も無く、電灯が抜けて、下のコンクリに落ち。

物凄い音で、ガシャンと響いて手から抜け落ちたんです。

暗闇の車庫の中でのこの音は、今でも耳から離れません。

明りは付いていました。

上にあげたはずの腕は、だらりと下がっていましたが、別に不思議には思えず、そのまま

屈んで、電灯を拾おうと、体ごと手を電灯のうえに合わせたんです。

親指を開いて握ろうとしたんですが、自分が手の力が無くなっていることは知りませんから

どんなに力を入れても、電灯は持ち上がらなかったのです。

初めてこの時に「変だな」

まるで電灯が鉛で作った様だな。

そのときはこんな気持ちになりました。

それでもやや指先は動くんです。

Imgrisaizu__6208 写真右側下の白いところが死んだ所。

画像は左右反対だそうですから、実際は左後頭部がやられたようです。

ここは元には戻らないで、そのうちに空洞になるそうです。

他に血管の写真が有りましたが、フラッシュが付いてしまい写しそこないました。

話を戻すと

メゲズに、満身の力を込めて電灯を持ち上げようとしたんですが、30センチ程も上がると、再び電灯は音と共にコンクリに落ちてしまいました。

でも2度落ちても明りは付いていました。

「これは右手で頑張っても拉致があかない」

今度は右の肩も肘も曲がらない。

腕は単なる肉の塊?

左手で腕を握って持ち上げてみるとやけに重い。

関節は柔らかな、肉がぶら下がっていると言う感じ。

仕方なく腕は諦めて、左手で電灯を拾って、左手でハッチを締めで、家に入りました。



カメラどころではない。

「お母さん腕が変になった。見てご覧。」

と言いながら椅子に腰掛けて、テーブルに右手を載せて

「ほらほら、意識しないのにこの手、ズルリと膝に落ちる。」

家内は何と言ったか覚えていませんが、不思議そうに見ていました。



やがて色々やっている内に、指が動くようになり、腕もいくらか動くようになって来ました。

「俺、寝るわ。明日中村医院に行ってくるよ。」

「明日は中村さんお休みよ。」

「仕方ないな、いくらか手は動くので、医者は明後日だな。」

Img_6202 写真:腕輪にはスーパーのようにバーコードが印刷されています。

Img_6217

こんな事でこの日は寝たんです。

パジャマも着られましたし、寝ることも出来ました。

翌朝は腕は動きました。

お昼頃まで寝て、パソコンに向かったのですが、腕は動くんですがなんと、ブログを打つのに、何時のも3倍の時間が掛かりました。

時間だけなら良いのですが、疲れるんです。

あまりの疲れにこれは打てない。

「工事中」にしようと言うことでパソコンは諦めました。



翌7日、中村医院に行っていきさつを話すと、「今すぐ電話するから調布病院に行ってください、紹介状を書きますので、これを持っていってください。」

既に中村医院で、順番待ちで11時を廻っていました。

中村医院からは徒歩15分ほどですから、調布病院に歩いて行ってみると、かなりの方が待っていて、簡単に昼が過ぎ、1時半を過ぎて最後に呼び出されました。

先生はお昼抜きで私を診ました。

直ちに頭のCT画像を撮って、「これは梗塞を起こしている感じなのでMRIを撮りましょう。」

どちらが先だったか、音がうるさい方が後、だった様な気がします。

続けて2度写真を撮って。胸のレントゲンも撮って。

「これから2-3週間は入院していただきます。」

「解りました。」

「血液検査や心電図他、調べることが有りますから。

さらに個室しか開いていませんので、差額ベッド代、1日5千何百円宜しいですね。」

「当座は緊急ですからかまいませんが、空いたら大部屋で結構です。」

と言う次第で入院となりました。

看護婦さんが「家内に連絡が取れました」

血圧が高かったようです。

早速の点滴ずめ。食事は全てお粥、おかずは美味しく無い。

鶏肉やヨーグルト、又はミルク、ブロッコリーは入院中殆ど毎日出る。



二日程した朝早く目を覚ますと、右手が動かず「あれーヤッパリ駄目か」

思わず涙が流れましたが、朝の6時過ぎになると、何とか動き出しました。

この時の安堵感は、何にも変えがたい嬉しさでした。

一方又有るかもしれないという不安もよぎりました。

俺の頭の神経は、離れたり付いたりしている。



「入院している間に減塩食に慣れてください」というクリスマスカードのようなカードを貰いました。

これだな主な原因は。

確か9日だったと思いますが、遠方から早々見舞いに見えた佐藤さんの、Img_6183 金太郎飴クッキー。私と同じヤギ髭でした。





退院4日ほど前から、自転車を20分ずつ。

その日その日に加重を変えて踏みました。

「2週間寝ていたんですから。

貴方はリハビリは要りませんが、頑張ってください。」

暖房のやや効いた部屋で、足首に鉛の負荷をかけて、上げ下げ20分。

自転車20分、タップリTシャツを濡らしました。

これからは暫く?薬袋を離せない。

爺になってしまいました。

Img_6212

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コメント

ヤギ髭、水戸黄門

コメント有難う

やる事が無いから、せめてのブログで、これでも、簡単にお知らせできればと思ったんです。

本当は文的には、私的に(洋ナシ)の方が好きなんです。

昨日の三瓶汁の残りに今夜は焼いた餅を入れて「ナンチャッテ雑煮」で済ませました。

日本海側は雪ですね(笑)

投稿: hiro。 | 2012/12/26 19:25

こんばんは。

退院早々、長いブログですね。
すっかり回復してますね。
病気の顛末が良くわかります。

水戸黄門のクッキー、
南さんに似てるでしょ?
そっくり。

一病息災といいますから、
じっくりと、基礎体力をつけましょう。
スキーにも、健康にもいいですかね。


投稿: なんちゃってレーサー佐藤 | 2012/12/26 16:24

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