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鏑木さんからの電話と、、

10日 この日は生協で抽選があり、しかも抽選最終日でした。

ところが、買い物には出かけたんですが、抽選はすっかり忘れ、家に戻ってから思いだし、再びウォークのつもりで、引き返したんです。

11枚の抽選は全部外れ。

これが本来のウォークだ、とあきらめて、戻ろうとすると、係りの人が、ティッシュを二つくれました。

近いとはいえ、往復20分は掛かります。

洗剤くらいあたるかな、との夢やぶれ戻りました。


震災のテレビを見ていた娘が。

「あ、忘れてた、鏑木(かぶらぎ)さんから電話が有ったよ。」

と聞いたのが11日の先ほどでした。

早速電話を返しました。



と言うのは、私が脳梗塞に掛かった1日前、軽井沢でお昼に鏑木さんに会って話したんです。

ところが、そのときの私の様子が、今考えるとおかしかったのです。

あれ程何度も会っているのに、鏑木さんと判らなかったのです。

やおら30分もたって、ヤット判ったのです。

話を交わした車から離れて、やっぱり鏑木さんかな?と思い直し、ちょうど車から出てきたところに「やっぱり鏑木さんですか?」と声をかけたんです。

鏑木さん「さっきは判からなかったんでしょう」

私「判んなかったよ。だけど、似ている人が居るなとは思っていたんですが、やっぱり、、、、」

鏑木さん「よほど俺が誰だか判るかと聞こうと思っていたんだよ。」と言うんです、

私「申し訳ない。あんなに世話になっていながら、思い出せないなんてね。」

実は鏑木さんに丸沼で何年もスキーを習っているんです。


彼は「俺のスキーは自己流だよ、、、」と謙遜しますが、私が見る限り、中回りカービングは彼の上を見たことが無い、と思えるほど上手いのです。

自己流なら、鏑木流カービングと言うべきですか。


もちろん私が見た限り彼は人には教えません。

ところが私は持ち前のアタック精神?で後付をさせて貰ったのです。

ある時

その私の滑りを見ていた知人は「何だあれは、あの凄い滑りはまったく違う凄い滑りだ」

と評価されたほどです。

私は言ったものです「私の前に滑った人が居たでしょう?」

知人「南君だけを見ていたから余り覚えていない。」と言いながら

「そう言えば居たかも知れない。」

私「あの方に付くとあんな滑りになるんです。素晴らしいでしょう。」と胸を張ったものです。

ですから私が鏑木さんの真似をして滑ると、軽井沢でも目立つようでした。


更にカルスキーで「何処で教わったか知らないが、素晴らしい滑りですね。暫く後を付けさせてもらいます。」

こんな方も現れます。


5-6本も後を付けて滑ったその方は、「でも勿体無いですね。左手をもう少し前に出せればね。言う事がないですが。」

私「左手を前に出すと早くなりますか?」と聞くと

「早くなりますよ。」

その方の滑りは指導員の滑りですが、僅かに私の方が早いようです、たまに彼の後を付けると、なんともいえない美しい女性の?様な滑りですが、同じように後を付けて滑ると僅かに私の方が、早いのか、追い越しそうになります。


まったく知らない方が、この様に、話しかけてくるのが、鏑木流カービングなのです。

それでも私は真似ですから、本人の滑りとは、大きくかけ離れているのは自分にも判ります。

しかしながら、私は全てが鏑木流ではなく、ハンタマの(埼玉春日部の)鈴木さんからも習っているので、鈴木流も入っているはずです。

どの方から習っても、その方が1番に強調するところは?良いところは、残るものです。


その内に南流になるのでは?(笑)


でも鏑木さんも私の憧れの講師の一人なのです。


そんな方の名前を(顔を)思い出せないなんて、1日前から脳梗塞の前兆だったのでは。?

負け惜しみかな。


「耳の後ろあたりの脳がヤられると、人の輪郭が判らなくなる」とテレビ大学で言っていました。


実は鏑木さんも、昨年春脳梗塞になって、恐る恐る、軽井沢にあらわれた所でした。





これはまさしく、1日前に、顔輪郭不判別の脳梗塞の、前兆が出ていたようです。

テレビを見ていてあーあれだな、俺もヤられているな。



不思議にも、会ってから40分も経つと、酔いが急に冷めていく様に感覚が普段に戻ったのです。

はっきり鏑木さんと判るようになったのです。

小1時間前は何故判らなかったのか。



私はかなり、前かすでに、ここが遣られていたのか?人の名前を覚えるのが下手で、困るんですが、でも名前は判らなくても、顔は覚えるんです。

だから俗に言う「只の馬鹿か」

でも、判りやすい名前は覚えるんです。



私にしては鏑木は覚えやすいんです。野菜の鏑を思えば出ますから。

ですから岩原さんも、同じ名前のスキー場があるので、覚え易いのです。

驚く無かれ、「軽井沢」と言う名前さえ思い出さないことがありますが、なぜか頭に「北」

を付けると、すぐに「軽井沢」が出ます、やっぱり只の馬鹿かな?。

ここでは関係がありませんが、その反面、応用力は、負けたことはありませんし、好奇心も

人1倍強いのです。



鏑木さんと付き合いの濃い岩原さんに、ブログのコメントで、「鏑木さんに会ったらよろしくね。」と頼んであったのです。

岩原さんは、以前、「鏑木さんの脳梗塞での入院の見舞いに行って来たよ。」

と言っていましたから、同じ丸沼の夏の仲間ですので、ま頼んだわけです。

「よろしくお伝えください」とね。

おかげで電話連絡取れた事で、とにかくつながりました。


といいながら、今度ゲレンデで会ったときに、又判らなかったりしてね(笑)


先日珍しく「成田さん」からも電話が来ました。

誰だ成田さんって。?

成田さんは、公認セッターの成田さんで、もちろんポールのスクールもやっています。

この方に習った方で、オリンピックに行った 廣井さんが居ます。

この方府中に居て、たまたま私の車の後ろに付いて、「あみなさんだ」と言うわけであそこを通ったでしょう、これだけの電話でしたが、スキーに行っていない今としては、近親感がわきました。

実は昨年の春、早朝成田ポールスクールで教わった事があるんです。

「遊びにこいや」「暇ですから」「電話してからが良いよ」「土日は駄目でしょうその内に行きます」

成田さんのお店は府中ですから、案外近いんです。

スキー技術も成田さんに近くなるとオリンピック?(笑)

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