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アルプス灯会

40周年記念が渋谷で有りました。

渋谷は私の店の、ファンクション・ジャンクションが有る街です。

然も店の隣の道を、上がって降りたところ、一山?向こうでした、ファイアー道の入口でした。

乾杯のすぐ後に、私が挨拶すると言う、トップバッターでした。

200人ほど集まっていました。

10人程知った方がいましたが、ここで写真を出すのはかなり私よりは若いんですが。

クライマーとしては私より1枚上のかたです。

先ず写真を出します。

Img_0192

この方、池田功さんで、知る人ぞ知る、フリークライマー王?です。

フリークライマーと言うのは人工的な岩登り用具を使わないで、体だけで岩をのぼるかたです、でもトップザイルと言う、安全ザイルはつかいます、でも困難な場所では4つ脚だけです。
この様な登り方は私がやって来た登り方とは、考えが違います、

私たちの場合は「何を使っても、登ればいい」でしたから、シテンに成るものを打ってしまえば優しいと言えば優しいのですが、打つという事自体が困難なんです。


この方何処で名を上げたかと言うと。


私が初登攀した、谷川岳の一ノ倉沢にある、日本最悪最大と言われて、今では余り取りつく人が居ないほどの難しい、岩壁なんです。

私たちが登った時には、わずか1本のハーケンを打つのに5時間も掛かったほどのなんしょなんです。

登攀は不可能と言われた日本に最後に残った岩壁です。


新しい岩壁登攀の形、「人工登攀」を私が駆使して切り開いた、岩壁です。

壁で3泊4日をつうやして100本程?のハーケンを使って(打って)これらを頼りに登れた岩場です。

所が、いまだに何人しか現れない、オールフリークライムで登り切った初めての方です。

自ら此処のフリーを「グリズリー」と名前を付けたほどの、方です。

岩登りに少しでも興味のある方は、泣く子も黙るフリーの池田君です。

私は今でも全ルートをどうしてフリーで登れたんだろうと、首をかしげない訳には行かない力です。

トカゲでは無いんですから、何かなければ突破出来無いですから、何か人口的では無い、手や足が引っかかる体重50キロを支える、何かが有ったんですね。


2メートル私のルートから離れたら、私のルートでは無いですからね。

特に急所は50センチ脇では本来のルートでは無い、ふ化しルートですが、どのくらいふ化して登れたのか、聞いて見たかったですね。

聞く機会は作ると誰かが言っていました、楽しみです。

でも池田君がフリーで登ったとしても、私の初登攀その物は、価値は変わらないでしょう。

新しく、岩壁に道?を切り開き、以後何万人の方が、後をトレースする。

口をそろえて、登り切った快適さに、喜びを感じての声を上げます。

初登攀身寄りです。

只1枚上の役者が現れて、今回お目に掛かったという事です。

再会を楽しみにしています。

今のフリークライムは目覚ましいものが有ります。

池田君も私が打ったハーケンはテンションとしては使っています。

何十回もぶらさがってはいます。

でもフリーはハーケンやカラビナに指を掛けないで登攀するのです、テンション用には許されています、出ないと無理をしますのでテンションピンが無いと、下まで落ちてしまいます。

ですから突破するのがフリーという事です。

それでもあっけにとられます。

でも仲良く付き合って行けそうです、「南さんが先に打っ(登って)てくれたからこそ登れたんです」

私の上を行った、などは、微塵も感じませんでした。

自分が登る時に、私の初のトレースに、凄さを感じながら登ったという事では。

池田功君万歳。

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